お茶の富士秋山園:こだわりの茶師が育てる究極のお茶!秋山園
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呟き・ゴーストライターに思う

近頃、某作曲家のゴーストライターが名乗り出て、マスメディアを賑わしているが、似たようなことはあらゆる現場で起こっているのではないかと思うがどうだろう。物を作る、造る、創る、とひとくちに言っても色んな漢字があてはまるように、それぞれの制作現場で人の関わり方が異なる。映画、音楽、書籍類など著作権が法律で保護確立されているものは、誰が作ったのかは、その利害の行き先が著しく大きな意味を持つ。さて、農作物は如何かな…


個人名を冠にした、農産物や農林水産大臣賞などをうたい文句にした商品には、ゴーストライターならぬゴーストメイカーの存在有りや無しや、大いに疑問を思うがどうだろう。私の知りうるお茶の品評会の製造審査現場では、次のように行われているのがほとんどである。つまり、特定農家の生葉を使い、製造は試験場の製造権威者またはその関係者が揉み、審査現場ではまたその製造者本人または関係者が審査するのが通例で、製造機械類も別に設営された専用施設で製造するのであり、最終製品に名前は付くものの、本人の関わり方の程度がどのようなものであるかは、知る由もない。
稀に、本当に本人が本人の機械類を利用して一切を製造する方がいらっしゃることをお知らせしておきます。


ここに、お茶のゴーストライターならねゴーストメイカーの存在を否定する茶業者はいまい。かつては、一等請け負い人的存在で、その方に製造してもらはないと農林水産大臣賞はとれないと言われた方がおりましたが、鬼籍に入られたので本人の証言は得られない。

かたや、消費者の側に視点を置けば、論評やメディアで評価が高ければそれが良いものだと信じて購入するし、特に某大学教授のお墨付きや、著名な芸能人お薦めなどとなれば、売れ筋の商品間違いなし。つまり、権威信奉主義がまかりとおり、自分自身の価値観での判断が少ないように思われる。テレビのコマーシャルやテレビショッピングなどを見ていると、またこの手法で消費者を誘惑するのかと思ってしまう私は、世の中を斜に構えて見すぎかもしれないけれども、いかんなぁと思いつつ、静観するしかないのであります。

売れさえすれば、何でも有りでは、無法者の独壇場になってしまう。正直、誠実、真面目などは日本人の美徳だと思えたのは、遠い昔話なのだろうか…性善説に基づいた社会は、既に絵空事になってしまったか…

ぼやきや嘆き、ため息まじりの呟きになってしまったが、さてさて、春の足音はそこまで来ています。ゆっくりと腰をあげますかな…


写真は、下田爪木崎の水仙祭り会場のひとこまです。既に、祭りは終了しています。


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